遺伝子発現の調節に関しては、X染色体の不活性化についても言及しておく必要があるでしょう。X染色体不活性化とは、哺乳類の性染色体であるX染色体が2 本ある場合、すなわち雌においては、一方のX染色体だけの活性がそのまま残り、もう一方のX染色体の遺伝子発現が抑制されることをいいます。 この不活性化は、遺伝子量補償のために起きると考えられています。つまり、雄では1本しかないX染色体で生存に必要な遺伝子を発現させていますが、雌では2本の X染色体があるため、雄と同様に発現システムを稼働すると、過剰な量の遺伝子発現が起こる可能性があります。そこで、片方のX染色体を不活性化してしまえば、 雄と同様のやり方で遺伝子発現を制御することができ、システムとしてはより効率的だ、というわけです。
どちらのX染色体が不活性化されるかは無作為に決まります。 X染色体の不活性化は、胚発生時に各細胞で決定され、それぞれの子孫となる細胞にもその不活性化状態が引き継がれます。そのため、2本あるX染色体上の遺伝子 座の遺伝子型が異なる場合、細胞によって異なった対立遺伝子が発現するモザイク状態となります。三毛猫は、この状態が可視化された代表例として知られていま す。
ネコの毛色を決定している遺伝子は10種類くらいが知られているのですが、三毛猫の話をするうえで特に重要な3つの遺伝子についてまずは説明します。な お、遺伝子はアルファベットで表しますが、大文字は小文字に対して顕性であることを示します。
遺伝子Wは、すべての毛色に関する遺伝子の最上位に位置し、WWあるいはWwの場合、他の毛色に関わる遺伝子がどうであるかに関係なく、体全体を白一色に します。wwのときのみ、他の遺伝子の影響を受けた毛色が現れ、三毛猫はwwのときのみ可能です。次に、X染色体にある遺伝子Oまたはoですが、Oは毛色を茶 色 (オレンジ色)にし、oは茶色を発現せず黒色にします。この遺伝子はX染色体にあるため、雌でOoともった場合には、X染色体の不活性化によって、体のある領 域ではO遺伝子が発現して毛色が茶色となり、他の領域ではo遺伝子が発現して黒になる、ということが起こります。最後に、遺伝子Sまたはsですが、SSまたは Ssの場合に、白いぶち(白斑)が現れます。こうして、ww、Oo、SSまたはSsをもった雌の猫は、茶色、黒、白からなる三毛猫となるのです。X染色体の不 活性化は雌だけに起こる現象ですから、当 然のことながら、三毛猫となるのは雌だけ、ということになります。(ただし、まれにXXYと3本の性染色体もつ雄が誕生することがあり、その場合には、雄の三 毛猫が現れることがあります。)