タンパク質の形を通して学ぶ「遺伝情報とは」

タンパク質工学

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 20種類のアミノ酸を並べる場合の数は実質無限にありますが、現存するタンパク質はそのほんの一部です。すべてのアミノ酸配列が機能をもつわけ ではありませんが、それで も、機能をもつアミノ酸配列は相当数あるはずです。したがって、生命誕生から40憶年といいますが、進化の過程でまだ一度も試されたことのないアミノ酸配列が 無 数にあるはずで、未知の機能をもつタンパク質が存在する可能性も相当あるはずです。しかも、進化は生命体で働くタンパク質しかその対象としていません。したがっ て、生命とは関係ない、たとえば化学工業に役立つようなタンパク質があったとしても、それは自然界には存在しません。そんなアミノ酸配列を人工的 に設計できた ら素晴らしいのですが、残念ながら、まだタンパク質立体構造の構築原理については十分にわれわれは理解できていません。せいぜい、現存するタンパク質を改変して、機能や安 定性を変化 させることや、限られたタンパク質立体構造の構築原理に関する知識から、とにかく何らかの特異的な立体構造をとるアミノ酸配列を完全に人為的に設計し、成功したといった成 果が少しずつ出始めている段階 です。

 2つほど成功例をご紹介しましょう。

 洗濯用洗剤に酵素配合と書かれているのを見たことがあると思います。あれは、衣類に付着したタンパク質とか、脂とか、でんぷんなどの汚れを落とすためのタンパク質分解酵 素、脂質分解酵素、でんぷん分解酵素が、さらには繊維に作用して洗浄効果を上げるための繊維素分解酵素といったタンパク質が入っているという表示です。しか し、洗濯機の中は生体内とはかなり違った環境です。温度が体温とは異なりますし、洗剤がはいっていたり、漂白剤がはいっていたりします。したがって、タンパク 質の安定性に問題が生 じたり、十分に機能を発揮できないということが起こります。そこで、あるアミノ酸を他のアミノ酸に置換するなどして、洗濯機という環境下でも安定で、機能が発 揮できるような改変が行われています。すなわち、自然界にはない、しかも生命とは異なる場により適した状態で機能するタンパク質が作り出されているのです。た だし現段階では、 あくまでも自然界にあるタンパク質を少し改変したものにすぎません。

 また、医療の分野でも成果が出始めています。たとえば、ある抗原に対する抗体があれば、その抗原によって引き起こされる病気の治療に大いに役立つわけです が、健康な人に対してその抗原を接種して抗体を作らせ、それを病気の人に接種するということはできませんので、マウスに対してそれを行い、マウスの体内ででき たその抗原に対する抗体をヒトに接種するということが考えられます。しかし、われわれの体はそれを異物と判 断し、排除しようとします。なぜならば、抗体はタンパク質で、マウスとヒトではそのアミノ酸配列が少し異なるためです。そこで、抗原に結合する部分は保持し、それ以外の部 分を ヒトの抗体と入れ換えるという操作を行なったのち、医薬品として接種することが考えられ、すでにがん治療などで効果を上げ始めています。

 こうした、自然界にあるタンパク質を改変したり、まったく新しいアミノ酸配列をもち、新規な機能をもったタンパク質を人工的に作ることを目指す学問をタン パク質工学 Protein engineering といいます。1980年代に誕生した言葉で、当時は、将来タンパク質デザイナーという職業が生まれるかも、などと夢を語っていたのですが、まだまだ そこに辿り着くまでの道のりは長そうです。・・・と思っていたのですが、2010年代終わりに、AIによるアミノ酸配列から立体構造の予測に成功!というニュー スが発表 されると、様相は大きく変わりました。それは、AIが、そのタンパク質デザイナーになり得ることを強く予感させるものでした。今後の進展が大きく期待される成果でした。