図1に、アルデヒド脱水素酵素の遺伝子型の世界における分布を示しました。実は、低活性型のAGと不活性型のAAがあるのは東アジアだけで、 それ以外ではほとんど0に近いのです。
さらに図2には、東アジア地域における低活性型SNP Aが多い地域 が濃く示されています。中国南東部から日本にかけてこの遺伝子が広がっているのがわかります。より詳しい解析から、このSNPが誕生したのは中国南東部であろ うと推定されています。(一般に、頻度の高い地域がSNPの発生地点で、それから拡散していったため、頻度分布が周辺へとグラデーションを示しますが、常にそ うなるとは限らず、より詳細な解析が必要となります)
また、アルコール脱水素酵素についても同様に、東アジア地域で特異的に、こちらは活性型のAタイプが多いことが分かっています。すなわち、速くアルコール が分 解されてアセトアルデヒドが生成され、なかなかアセトアルデヒドが分解されない人、すなわちアセトアルデヒドの体内残留時間のより長い、お酒に弱い人が世界の 他の地域に比べ、東アジアは異常に多いことになります。
人類がアフリカで誕生し世界に拡散したことから、これらの遺伝子が東アジアで起こった突然変異であり、この地域で何らかの有利さがあったために、ここ数千年 の間に急速にそのSNPをもった子孫が数を増やしてきたと考えられています。そもそもお酒に強いか弱いかは、食料が貴重な時代、農産物を貯蔵しておいて自然発 酵したものを食べられるか、否かに関わり、アルコールに弱いということは生存に関わる重大な問題だったと思われます。そうした中で上記の新たなSNPが広まっ たわけですから、これらの地域に何か特殊な事情があったと考えられます。そして、この地域に共通していること、それは稲作を行う地域であることから、稲作が何 らかの影響を与えていると考えられています。
一つは、食料の獲得が稲作で安定したことから、お酒が飲めることが必須条件ではなくなったことが考えられます。しかし、もっと積極的な理由があった可能性 もあります。こうしたSNPの頻度が民族によって異なることが明らかになった当初は、アルコール中毒になる可能性が低減するからという言及が多かったのです が、それならば、なぜ東アジアだけにそれが起こったかは説明できません(もちろん、変異はあくまでも偶発的な出来事ですから、他の地域では単にその変異が起 こらなった ということかもしれませんが)。しかし、新たに、稲作によって感染する寄生虫対 策ではなかったか、という仮説も提唱されています。寄生虫にとってもアセトアルデヒドが有毒であったため、アセトアルデヒドが長く滞留する体内は住みにくかったとい うわけです。ただし、まだ確証は得られていません。
ちなみに、縄文人はお酒に強いタイプの遺伝子をもち、弥生人が朝鮮半島を通ってお酒に弱いタイプの遺伝子を日本列島に持ち込んだことがさまざまな研究から 明らかになっています。北海道と九州・沖縄方面に酒が強い人が比較的多いことと、その地方に縄文人の遺伝子をもつ人が比較的多いこととよい相関が あることが指摘されています。