タンパク質の形を通して学ぶ「遺伝情報とは」

第24回 自然免疫と獲得免疫

トップページタンパク質の形を通し て学ぶ「遺伝情報とは」 > 自然免疫と獲得免疫

 前回は、免疫の全体像を話すことなく、抗体に特化して話を始めました。今回は、免疫の全体像を見渡しながら、個別の話題へとはいっていきたいと思います。今回の講義内容 は、この講義全体の中でも最も複雑です。口頭で話すときとは全く異なり、文章にしてみると実に難解な文章になってしまいました。聞き慣れない用語が頻出し、そ の一つ一つのイメージを作り上げるのに時間がかかり、1回読み通しただけでは頭に入ってこないかもしれません。また、説明の一部を次回の講義でするようにした 話題もあり、完結していないことも、理解をより困難にするかもしれません。何度か読み返しながら理解に努めていただければ幸いです。

24.1 自然免疫と獲得免疫

 免疫は大きく自然免疫と獲得免疫に分けられます。自然免疫は、感染したときの初動対応を行います。病原体は、われわれヒトにはなく、細菌なら細菌、ウイル スならウイルスに共通した分子成分を持っているため、われわれの食細胞は、そうした病原体に共通した情報を認識できる分子を細胞表面や内部にもっています。共 通 性に基づいた認識方法ですので、少ない種類の分子で沢山の種類の細菌やウイルスに対応することができ、細菌やウイルスが体内でまだあまり増殖していないうちの 初動対 応として、それなりの効果を発揮します。実際、新型コロナで無症状者が多いのは、自然免疫の段階で処理が完了してしまっているからではないかという説も唱えら れました。しかし、ひとたびウイルスが増殖して量を増すと、それらを一網打尽にするには、自然免疫は力不足です。さらに、最大の問題点は、細胞の中に入り込ん だ ウイルスには手を出せないことで、これが決定的な弱点となっています。

 こういう事態に対処するため、自然免疫に引き続き獲得免疫が起動されます。自然免疫は、獲得免疫に病原体の情報を伝え、起動の手伝いをします。獲得免疫の 特 徴は、特定の病原体を認識し、それを集中的に攻撃する能力をもっていることです。また、細胞内に侵入したウイルスも感染細胞もろとも破壊し、これを排除すること ができます。しかし、前回お話ししたように、感染細胞はもともと自分の細胞です。したがって、正常な自己細胞を攻撃したら大変なことになります。自と他を 正確に判断することが極めて重要な課題となります。

 なお、自然免疫という用語は意味がわかりにくく、英語の innate immunity 生得的免疫を用いた方がより的確で、一部の本ではこの用語を使っています。しかし、すでに定着している「自然免疫」をここでも使うことにします。要する に、自然免疫とは、病原体について生まれながらもっている情報を利用した免疫システムであり、獲得免疫は、ある病原体に感染したことで初めてその病原体の情報を獲 得し、その病原体特異的に集中攻撃を行うシステムだということです。

24.2 食細胞

 自然免疫系では、相手構わず何でも食べる食細胞とよばれる細胞が活躍します。マクロファージ、好中球、樹状細胞などで(図24.1)、自分の細胞の死骸や 老 廃物、 そして侵入してきた病原体など、相手構わず食べて、処理します。ただし、生きている自分の正常な細胞は食べません。正常な細胞には “Don’t eat me” の目印がついているからです。

図24.1 食細胞。(左)樹状細胞、(右)マクロファージ
図の出典:(左)Phagocyte @Wikipedia、(右)Macrophage @Wikipedia

 食細胞は、自己細胞由来のものを食べても活性化しませんが、病原体を食べると活性化します。活性化すると、消化能力、殺菌能力が増し、警報物質(サイトカ イ ン)を放出して他の食細胞(好中球、マクロファージ)を呼び集め、炎症を引き起こします。炎症というと、発熱、痛み、腫れなど不快な症状が出ますので、病原体 が引き起こす病的な症状と思いがちですが、われわれ自身の体が身を守るためにもつ防御機構の一貫として引き起こされるものなのです。

 ところで、どうやって自分の細胞と自分でない細胞を食細胞は見分けているのでしょうか。これを行っているのが、パターン認識受容体とよばれるタンパク質で、その中でも最 も よく知られているのが、トル様受容体(TLR; Toll-like receptor)とよばれるタンパク質です。1990年代後半に最初のTLRが見つかると、2000年代にはいって次から次と新しいTLRが見つかり、現在、ヒトでは 10 種類みつかっています。   

 
図24.2 トル様受容体(TLR)の種類とそれらが認識するさまざまな生体分子 。
右側の図はTLRの立体構造(青色)とそれに認識されているDNA分子(緑色)の様子を描いたもの。
TLRと認識される生体分子も、鍵と鍵穴の関係が成り立つことで結合 す ることができます。
図の出典:(左)大戸 梅治 J. Japanese Biochem. Soc. 88:476-483 (2016)
(右)今月の分子 @PDBj

24.3 パターン認識受容体

 TLRなどのパターン認識受容体は、われわれはもたず、病原体だけがもつ生体分子に対するセンサーです。たとえば、細菌の細胞壁・細胞膜の成分、フラジェ リ ン(鞭毛タンパク質)、ウイルスRNA、ウイルスDNAなどがそうした生体分子です(図24.2 参照)。パターン認識受容体はタンパク質であり、親から子へと受け継 がれたDNAにその情報があり、それによって生合成されたものです。前回お話しした抗体のようなDNAの再構成は行いません。それが自然免疫(生得的免疫)と よばれる由縁です。

 なお、食細胞は、パターン認識受容体を使って病原体を見分け、病原体だけを選択的に食べているわけではありません。相手構わず食べた後、病原体と判断され たら活性化し、警報物質を放出します。

24.4 自然免疫と獲得免疫からなる免疫システムの概要

 図24.3は、自然免疫と獲得免疫からなる免疫システムの概要をまとめたものです。この図を最終的に理解できることをめざして説明をしていきます。同じことを何度か繰り 返 してお話しする部分もありますが、複雑なシステムですので、繰り返すことで理解を深めていただきたいと思い、あえて冗長な記述となっています。


図24.3 自然免疫と獲得免疫からなる免疫システムの概要
慶応大学吉村研究室 http://new2.immunoreg.jp/modules/pico_kennai /index.php?content_id=12
を参考に作図


 まずは図24.3に描かれたことをまとめて説明します。細かな内容は追って説明しますので、最初は全体像を眺める程度に読み、この資料の最後まで読み終わっ たところで、もう一 度読み返してみてください。

〇自然免疫(生得的免疫)  

@ 外部から細菌やウイルスなどの抗原が侵入すると、まず、マクロファージ、好中球、樹状細胞などの食細胞の食作用によりこれを排除しようと努めます。

A 樹状細胞は、表面あるいは内部にあるトル様受容体などの生得的にもつパターン認識受容体により、捕らえたものが病原体由来分子をもつかどうかをチェックします。病原体由来 の樹 状細胞活性化因子は、免疫アジュバントと呼ばれますが、細菌の細胞壁・細胞膜成分、鞭毛タンパク質、ウイルスRNA、ウイルスDNAなどがあります。樹状細胞が 捕獲したもののなかにこうした分子の存在を確認すると、サイトカインを放出して炎症を引き起こすよう促し、樹状細胞自身もこれにより活性化します。

B 活性化した樹状細胞は、食べた病原体のタンパク質を分解し、その断片をMHCとよばれる自身のタンパク質に乗せ、細胞表面で獲得免疫系のT細胞に提示します(抗原提示)。 これにより、獲得免疫系が起動します。 なお、MHCにはクラスIとクラスIIがあり、T細胞にはヘルパーT細胞とキラーT細胞(細胞障害性T細胞)がありますが、それらの違いを含めた詳細は、以下に述べること にします。

〇獲得免疫

 獲得免疫の特徴は、特定の細菌やウイルスを集中的に攻撃することです。ここではその主要メンバーである3種類の免疫細胞、B細胞、ヘルパーT細胞、キラーT細胞について お話しします。  

@ B細胞は抗体を産生する免疫細胞で、前回の講義ですでにお話ししましたが、ざっと復習しておきましょう。 B細胞は、その細胞表面にB細胞受容体というタンパク質をもっています。B細胞受容体(BCR: B-cell receptor)は、B細胞ごとにその抗原結合部位の形が異なり、数千億種類はあるとされますが、自己由来のタンパク質に結合するものはあらかじめ排除されているため、 病原体などの 外来のタンパク質にのみ結合することができます(あるいは、B細胞受容体が結合したものは外来のタンパク質であると確認できます)。なお、結合はB細胞受容体の結合部位と 外来タンパク質のある領域(エピトープ)の形が鍵と鍵穴の関係にあると きのみ可能です。   

 B細胞受容体が外来タンパク質と結合すると、B細胞はこれを細胞内に取り込み、分解し、その断片(抗原ペプチド)をMHCクラスIIというタンパク質に乗 せ て [抗原ペプチド+MHCクラスII] 複合体を形成し、細胞表面で提示します。提示する相手はヘルパーT細胞で、下記Aで説明する活性化されたヘルパーT細胞上のT細胞受容体と、このB細胞上に提示された [抗原ペプチド+MHCクラスII] 複合体が、鍵と鍵穴の関係で結合するとB細胞は完全に活性化され、B細胞受容体を抗体として細胞外へ分泌します。

 B細胞受容体は、原則自己成分には結合しませんので、原則、自己由来のペプチドを提示することはありません。しかし、結合したものが本当に自己由来のもの でない かを、活性化されたヘルパーT細胞のT細胞受容体とB細胞が提示する[抗原ペプチド+MHCクラスII]複合体とが結合するかどうかにより再度チェックし、お 墨付きを受けるのです。  

A ヘルパーT細胞は、その細胞表面にT細胞受容体(TCR: T-cell receptor)というタンパク質をもっています。T細胞受容体の結合部位は、抗体と同様、数千億種類の形があり、上で述べた自然免疫系で病原体を貪食し、活性化された 樹 状細胞上に [抗原ペプチド+MHCクラスII]複合体が提示されると、そのうちのどれかが結合します。この結合により、そのヘルパーT細胞は活性化し、上記@で述べたように、B細胞 の 活性 化の手助けをします(これがヘルパーの由来です)。ヘルパーT細胞が樹状細胞上の[抗原ペプチド+MHCクラスII]複合体にも、B細胞上の[抗原ペプチ ド+MHCクラスII]複合体にも結合したということは、両者が提示した抗原ペプチドが同一のものであることを保証します。それは、樹状細胞のパターン認識受 容体による異物の認定と、B細胞のB細胞受容体による異物の認定とが一致したということであり、両者によるダブルチェックで異物と確認したことを意味します。  

 また、ヘルパーT細胞は、マクロファージの活性化にも寄与し、その貪食の度合いを強めます。  

B キラーT細胞(細胞障害性T細胞;CTL: Cytotoxic T lymphocyte)もその細胞表面にT細胞受容体というタンパク質をもっています。ヘルパーT細胞受容体と同様、自然免疫系で病原体を貪食し、活性化された樹状細胞上 に [抗原ペプチド+MHCクラスI]複合体が提示されると、数千億種類あるT細胞受容体のどれかが結合し、結合すると活性化します。ただし、ここで注意しなく てはならないことは、抗原ペプチドが乗っているのは、ヘルパーT細胞ではクラスIIであったのに対して、キラーT細胞ではクラスIであることです。

 一方、一般の細胞でも、ウイルスが侵入し、増殖するために盛んにウイルスのタンパク質が細胞内で合成されるようになると、そのタンパク質の断片をMHCク ラ スIに乗せ、細胞表面で提示するようになります。そこで、活性化されたキラーT細胞のもつT細胞受容体が、もし一般細胞の表面にある [抗原ペプチド+MHCクラスI]複合体に結合すれば、そのペプチドは樹状細胞が提示したものと同じであることが確認でき、その細胞がウイルスに感染していると判断出来る わけです。そして、キラーT細胞はその感染した自己細胞にアポトーシスを誘導し、その感染細胞もろとも内部に潜むウイルスを死滅させます。     

 なお、体液中を浮遊する抗原を抗体によって排除する免疫を体液性免疫(あるいは液性免疫)、細胞に侵入した抗原を感染細胞もろともキラーT細胞によって排 除する免疫を細胞性免疫とよびます。   

  生体防御機構においては、自己と非自己の認識が最重要課題です。この判断を誤ると、正常な自分の細胞を攻撃することになります。自然免疫と獲得免疫とが協調して(ダブル チェックにより)、その見極めの確度を高めていることに注意しながら読み進めてください。

 以下では、抗原提示およびT細胞受容体と[ペプチド+MHC]複合体の関係について、さらに詳しく説明します。

24.5 抗原提示

 上記の繰り返しになりますが、T細胞の動向をざっと復習します。

 免疫反応の標的物質を抗原といいます。細菌、ウイルスなどの外来性異物だけでなく、がん細胞のような異物化した自己由来の細胞なども含まれます。樹状細胞 は体の隅々まで探索してまわり、見つけた抗原を捕えて食べ、そのタンパク質を分解し、断片化します。数個〜十数個のアミノ酸からなるタンパク質の断片をペプチ ドとよびますが、特にこの場合は抗原のタンパク質のペプチドなので、抗原ペプチドとよびます。

 これらの抗原ペプチドは、主要組織適合性抗原 major histocompatibility complex (MHC) とよばれるタンパク質分子に組み込まれ、細胞表面に配置されます。主要組織適合性抗原というものものしい名前の由来は次回お話しします。また、特にヒトのMHCは HLA(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球抗原)ともよばれますが、ここではMHCの呼び名を用いることにします。

図24.4 貪食した抗原を分解し、その成分であるペプチドを自身のMHCと結合させ、
細胞表面でT細胞に提示するまでの過程の模式図(右)。T細胞受容体と[抗原ペプチド+MHC]複合体が
鍵と鍵穴の関係を満たして結合していることを示す拡大図(左) 

 一方、T細胞と呼ばれる白血球は、個々に異なった結合部位をもつ受容体タンパク質、T細胞受容体をその表面にもち、抗原提示細胞が提示する[抗原ペプチ ド+MHC]複合体と鍵と鍵穴の関係を満たしたT細胞受容体だけが、それに結合することができます。そして、結合したT細胞受容体をもつT細胞は活性化され、 分 裂を開始します。なお、T細胞には細胞障害性T細胞(キラーT細胞)とヘルパーT細胞があります。キラーT細胞は、[抗原ペプチド+MHC]複合体をその表面 に提示する感染細胞を認識し、これにアポトーシスを誘導し、破壊することで細胞内に侵入したウイルスを死滅させます。ヘルパーT細胞は、B細胞やマクロファー ジを活性化します。活性化されたB細胞はプラズマ細胞となり、B細胞受容体を盛んに産生し、抗体として分泌します。また、活性化されたマクロファージは貪食の 度合いを強めます。

 T細胞の動向の大まかな流れは以上ですが、図24.5を参照しながら、MHCによる抗原提示についてもう少しその詳細を見ていきましょう。

 樹状細胞は、自己由来の細胞、病原体を問わず食べ、構成するタンパク質を分解し、その断片(ペプチド)をMHCクラスIおよびMHCクラスII分子に結合 し、細胞表面に提示します。一方、病原体がいない状況では、樹状細胞は図24.5(A)のような形状をしており、自己細胞由来のタンパク質断片(自己ペプチ ド)のみ MHCに結合して細胞表面に提示しています。しかし、樹状細胞が病原体を食べ、自身がもつトル様受容体などのパターン認識受容体がそれを異物と判断すると活性 化し、(B)のように姿を変え(この形が樹状細胞とよばれる由縁です)、その表面積を広げ、病原体由来のタンパク質断片もMHCクラスIおよびMHCクラス II分子に結合し、提示するようになります。なお、このとき一つの抗原から多様な種類のペプチドが生み出されますが、MHCと結合できるものだけが提示されま す。

 一方、B細胞は、その表面にあるB細胞受容体に抗原が結合すると、それを細胞内に取り込んで分解し、MHCクラスII分子に乗せて細胞表面で提示します (図24.5(C))。B細胞受容体は、原則自己成分には結合しませんので、自己由来のペプチドを提示することはありません。しかし、結合したものが本当に自 己由来のも のでないか、樹状細胞との結合により活性化されたヘルパーT細胞のT細胞受容体とB細胞が提示する[抗原ペプチド+MHCクラスII]複合体とが結合するかど うかにより再度チェックを行います。同じヘルパーT細胞が、活性化された樹状細胞の提示する[抗原ペプチド+MHCクラスII]複合体にも、B細胞が提示する [抗原ペプチド+MHCクラスII]複合体にも、鍵と鍵穴の関係で結合することで、抗原ペプチドが同一のものであることが認定されます。


図24.5 樹状細胞、B細胞、一般の細胞の抗原提示
(A1), (A2), (A3), (C1), (C2), (C3)  病原体由来のタンパク質の分解から生じたいろいろなペプチド
(あ), (い), (う)  自己由来のタンパク質の分解から生じたいろいろなペプチド
図の出典:ブルーバックス 『新しい免疫入門』 より引用。免疫に興味をもたれたら、
ぜひ読んでみてください。

 一般の細胞も、普段から抗原提示を行っています(図24.5(D))。提示されるのは細胞内で合成されたタンパク質の断片、すなわち自己ペプチドで、 MHCクラス I分子に乗せて行いま す。細胞が感染していなければ、[自己ペプチド+MHCクラスI] 複合体だけが提示されます。感染すると [抗原ペプチド+MHCクラスI]複合体も提示されるようになります。キラーT細胞はこうした細胞を認識し、攻撃するのです。

 なお、一般の細胞もパターン認識受容体をもち、病原体に感染すると警報物質(サイトカイン)を分泌します。これに誘導されてキラーT細胞が感染細胞に集結 してきます。

 ここで、MHCクラスIとクラスIIの違いについて説明したいと思います。MHCクラスIは体中の細胞がもち、細胞内で合成されたタンパク質を一部分解して作られたペプ チドを乗せます。ウイルスは、感染すると、その細胞内の機能を拝借し、増殖するために盛んにタンパク質を合成します。したがって、感染細胞は、自己由来のタン パ ク質だけでなく、ウイルス由来のタンパク質の断片も提示することになります。これに対して、MHCクラスIIは、B細胞や樹状細胞など限られた細胞だけがも ち、外から取り込んだタンパク質の断片を提示します。B細胞は、B細胞受容体に結合したタンパク質の断片を乗せますし、樹状細胞は食作用で取り込んだタンパク 質の断片を乗せます。ただし、樹状細胞では、取り込んだタンパク質の断片もMHCクラスIにも乗せることが知られています。

24.6 T細胞受容体と[ペプチド+MHC] 複合体

 T細胞受容体と[ペプチド+MHC] 複合体の結合について、図24.6を見ながら、繰り返しの部分もありますが、整理しておきましょう。

 ヘルパーT細胞あるいはキラーT細胞の表面に露出しているT細胞受容体というタンパク質は、 その結合部位がT細胞ごとに異なります。その結合部位の形は1000億種類以上あると推定されます。抗体のときと同様、遺伝子の再構成によりランダムにこれだ けの多様性を生み出しています。この膨大なレパートリーによって、樹状細胞が提示する病原体由来の [抗原ペプチド+MHC] 複合体がどのようなものであれ、それにピタッと結合するT細胞受容体をもつT細胞がほぼ確実に存在することになります(図24.6左上)。もちろん、結合は、T細胞受容体 の結合部位と [抗原ペプチド+MHC] 複合体の形が鍵と鍵穴の関係で適合していることで起こります。

 

図24.6 T細胞受容体と [ペプチド+MHC] 複合体の結合

 一方、樹状細胞が自己細胞の死骸を食べて、それに由来する [自己ペプチド+MHC] を提示しても、それにピタッと結合するT細胞受容体をもつT細胞はすでに排除されているため、存在する可能性はほとんどありません(この仕組みについては、次回お話ししま す)。したがって、T細胞受容体が [抗原ペプチド+MHC] 複合体に結合できたのは、樹状細胞が提示したものが抗原ペプチドであったことを示していることになります。しかし、この結合は、単に鍵と鍵穴の関係にあったというだけでな く、そもそも樹状細胞がパターン認識受容体により異物を食べたと判断して活性化していることが前提条件となっており、自然免疫系と獲得免疫系のダブルチェック によって、そのペプチドが外来のものであると判断していることに注意しておく必要があります。

 ヘルパーT細胞は、樹状細胞が提示する [抗原ペプチド+MHCクラスII] 複合体に結合すると活性化され、増殖して数を増やします。一方、B細胞もB細胞受容体に結合したタンパク質を取り込み、MHCクラスII分子を使ってその断片を抗原提示し ており、活性化されたヘルパーT細胞のT細胞受容体がこれに結合したとすると、B細胞が取り込んだタンパク質は異物であることが保証されます(図24.6右 上)。もともとB細胞 受容体は、外来のタンパク質にしか結合しないはずですが、ここでもヘルパーT細胞によるダブルチェックを受け、自己由来ではないことを確認しています。こうして お墨付きを得て初めてB細胞は活性化し、増殖して、そのB細胞受容体を抗体として盛んに産生し、細胞外へ分泌するようになるのです。

 また、図24.6にはありませんが、活性化されたヘルパーT細胞は体内を動き回り、同じ異物を食べたマクロファージと出会うと、そのマクロファージを活性 化する という機能もあります。マクロファージも、[抗原ペプチド+MHCクラスII] 複合体をその細胞表面に提示しています。

 樹状細胞は、MHCクラスIを使って、キラーT細胞に対しても抗原提示を行います。キラーT細胞は、樹状細胞が提示する [抗原ペプチド+MHCクラスI] 複合体に結合すると活性化され、増殖して数を増やします。この活性化には、活性化されたヘルパーT細胞が同時に樹状細胞に結合し、放出されたサイトカインを浴 びる必要がある場合もあると考えられており、やはりダブルチェックの機構が働いているようです(図24.6左下)。一方、感染細胞もMHCクラスI分子を使っ て抗原提示してお り、活性化されたキラーT細胞のT細胞受容体がこれに結合したとすると、その細胞が感染細胞であると判断することができ、自己細胞である感染細胞にアポトーシ スを誘導して、これを破壊します(図24.6右下)。このとき、感染細胞内のウイルスも一緒に分解され、死滅します。

 複雑な免疫システムを理解できたでしょうか。免疫細胞が自と他を判別するにあたって、その全体像ではなく、断片(ペプチド)だけで行っているというのは驚きです。抗体 も、ウイルスの一部(エピトープ)への結合によって認識していました。こうしたことを含め、免疫というシステムのもつ論理構造は非常に興味深いものがありま す。生命科学というのは事実の羅列で、それをただただ聞いて、覚えるだけと思っていた方には、生命というシステムを成り立たせている論理構造を理解するという 面白さを少しでも感じていただければ幸いです。

 1回通して読んだだけでは、理解するのは難しかったと思いますが、ここでもう一度図24.3に戻っ て、こ れまでのことを整理してみてください。T細胞受容体と [ペプチド+MHC] 複合体の結合については、次回、MHCに注目した話題をさらに取り上げる予定です。