エントロピー・多様性・複雑系

酵素

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 生命活動を支えるさまざまな化学反応、たとえば物質の合成、分解、輸送、排出、解毒、エネルギー供給などは、すべて酵素の関与のもとに営まれています。酵 素はタンパク質の触媒です。触媒とは、特定の化学反応の反応速度を速める物質で、自身は反応の前後で変化しません。通常、化学反応は活性化のエネルギー障壁を 越える必要があり、たとえば実験室で何らかの化学反応を起こす場合、試験管に入れられた複数の化学物質を加熱するのはそのためです。しかし酵素は、その障壁の 高さを下げる役割を果たし、障壁を下げることで、化学反応を穏やかな条件のもとで(常温、常圧、生理的pH)、効率よく進行させることができます。


化学反応を起こすには、活性化エネルギーを超えるためのエネルギーを供給する必要があります。
加熱はそのための一つの方法となります。しかし酵素は、その活性化エネルギーの高さを
一時的に下げ、小さなエネルギーで反応が起こることを可能とします。

 
 この、多くの熱を使わずして化学反応を引き起こすことができると言うことが、生体内のエントロピーを増大させないということに大きく寄与しています。しかし もう一つ、酵素には重要な特徴があります。それは基質特異性とよばれるものです。

 酵素が触媒する化学反応を起こす分子を基質とよびます。酵素には活性部位があり、そこに基質分子が結合して酵素-基質複合体を作り、反応はその活性部位で 起こ ります。そして、酵素-生成物複合体となり、その後、生成物は酵素から離れていきます。一方、酵素は次の基質分子と結合し、再び触媒を行うことができま す。


酵素と基質は、それぞれがもつ固有の「形」が合致することで結合することができます。
これは「鍵と鍵穴モデル」とよばれ、生体内で分子が分子を認識する重要なメカニズムとなっています。

 
 ところで、生体内ではさまざまな化学反応が起こっています。生命現象とよばれるものの多くは、ミクロに見れば、そうした化学反応を指します。そうした化学反 応の触 媒を一つの酵素がすべて担っているわけではありません。基本、化学反応それぞれに担当する酵素が存在しています。それでは、それぞれの酵素は、自分が担当する 化学物質をどのように見分けているのでしょうか。それは、酵素それぞれが独特の活性部位の形をもち、それが基質分子の形とちょうど鍵と鍵穴のような関係で合致 すると結合でき、それによって担当する基質分子を認識しています(多様性に富んだ生体内の分子から特定の分子を特定しています)。これを酵素の基質特異性とよ びます。

 酵素はタンパク質の一種で、タンパク質合成の情報はDNAに書かれており、DNAがそれぞれの酵素の生成をコントロールしています。そして必要なときに必 要な 場所で必要な量だけ酵素を合成することで、体内で起こる化学反応を制御しています。熱を加えるということで化学反応を引き起こすとしたら、さまざまな化学反応 が一斉に起こり、生体内はカオス状態となるでしょう(そもそもわれわれの体を火にかざすわけにはいきません)。しかし、酵素が鍵と鍵穴の関係で基質を選別する ことで、特定の化学反応だけが起こり、生体内の秩序が保たれるのです。ここでは酵素の活性部位と基質の形の相補性が情報となります。この酵素の選別機能はまさ にマックウェルの悪魔の選別機能に相当し、生体内のエントロピー増大を抑える重要な機能となっています。情報というと、脳の中で処理されるものとイメージして しまい、マックウェルの悪魔のような選別する実体を想定しがちですが、自然現象における情報とは、もっと広い概念として捉える必要があることを酵素の例は示し ています。